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過去に受けた仕打ちの「見返し」は、恨むことではなく、あなたが明るく生きること

こんにちは。上村です。


今回のブログは、個人的な「感動巨編」です。


題して、
『あの日、僕は歌えるようになった』
です。


巨編と言いながら、特にたいした話ではありません。

書く前から、「たいした話ではない」と言ったら
読む気が失せますね。(笑)


まあ、でも読んでみてください。
共感していただけると思います。


僕が若い頃、職場の先輩から、カラオケに誘われました。

しかし、僕には「カラオケ恐怖症」という症状?があった。


歌がとても苦手なのです。

その理由は、僕の中学時代にありました。


当時の音楽教師に、性格も口も悪い先生がいた。


ある日、「歌のテスト」がありました。

クラスメートの前で歌うので、ただでさえ緊張します。


緊張感もあって、僕は、歌の出だしから音程を外しました。

まだ最初の部分を歌っただけなのに、「はいストップ」と教師は言う。


「下手。お前の点数はもうついたから、歌わなくていい」
と言ったのです。


クラス内は爆笑。

僕は、ミジメな思いをしました。

いやあ、書いているだけで思い出して、涙がこぼれてくる。


だいたい歌手になるわけでもないのに、
何で歌が下手なくらいで悲しい思いをしなければならないのか。


そんな経験がトラウマになりました。

カラオケに行くなど、
自分にとってはフルマラソンを完走するくらい難しいことだったのです。


しかし、僕をカラオケに誘った先輩は、そんな事情を知りません。


いつまで経っても歌わない僕に、しびれを切らしたのでしょう。


「おい、君も何か歌え」
と言う。


困りました。
どうしていいかわかりません。

ここで中学時代の話をしてもしょうがない。


当時新入社員でしたので、断るわけにもいかない状況でした。


「清水の舞台から飛び降りる心境」というのは、
ああいうことを言うのでしょうね。


僕は意を決し、歌ったのです。

何の曲か忘れましたが、何とか歌い切った。


「何だ、ちゃんと歌えるじゃないか」
と先輩は言う。


ホッとしました。


もちろん、歌は相変わらず苦手なのですが、学校のテストとは違います。


教師がいて採点するわけではない。
下手だからといって、途中で止められるわけでもない。


カラオケですから、楽しめばいいだけです。


そう考えると気が楽になって、
それからは、何とかカラオケで歌えるようになりました。
(好きではありませんが)


しかし、何なのでしょうね。

僕はさっき書いたように、
過去の経験で、歌うことを極度に恐れていました。


その恐怖心の原因は何かといえば、
「一人の馬鹿な教師(失礼)に馬鹿にされた」という、ただそれだけのことです。


そんな人に何を言われようが、自分の価値とは何の関係もありませんね。


しかし僕は、歌をケナされたことによって、
歌うことだけではなく、「音楽自体を楽しめなくなっていた」のです。


歌手の歌を聴いても、時に過去の思い出がよみがえる。


あの教師の言葉を思い出す。
クラス全体に笑われた経験を思い出す。

しかし、いったいそれが、どんなに重大なことでしょうか。


自分が思っているほど、大きな問題ではなかったのです。

思い切ってカラオケで歌ってみて、それがよくわかりました。


もちろんここで書きたいことは、カラオケの話ではありません。

それは歌いたい人が歌えばいいし、歌いたくない人は歌わなくていい。


問題は、
「過去の一つの出来事に縛られて、身動きができなくなっていた自分」
です。


似たようなことは、きっとあなたにもあるのではないでしょうか。


しかし、こう言っては何ですが、
そもそも学校にそこまで期待するのもおかしな話。


学校の教師は、別に完璧ではありません。

誰もが完璧ではありません。

完璧でない人間が集まった組織が、完璧であるはずもありません。


もちろんいい先生もいますし、そうでない先生もいます。

さっきの中学校でも、いい先生もいましたし、そうでない先生もいました。

教師でもいいし、反面教師でもいいのですが、そこから何を得るかです。


ある人は、傷つけられて身動きができなくなりますが、
ある人はそんなことにはくじけず、勇気を持とうとします。



傷つくことが悪いわけではなく、そこからどうしていくかが大切ですね。


「清水の舞台から飛び降りる気持ち」でカラオケを歌ったのは、
小さなことですが、やはり「勇気」が必要でした。


僕がその時、歌を楽しめたとしたら、
過去の「理不尽な出来事」に打ち勝ったことになります。


恨みに思っていても、勝ったことにはなりません。


なぜなら、未だにその出来事に心を束縛されているから。

束縛を打ち破った時、真の勝利者になることができます。


あのカラオケは、ささいなことですが、
僕が「一つの理不尽」に打ち勝った日だったのです。


そう、あなたも真の意味で打ち勝ってほしい。


過去に受けた仕打ちは、自分の今に何の影響も及ぼしていないこと。


それが、打ち勝ったことになるのですから。


さあ、今日もカラオケへ。(笑)



今回のまとめ
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過去の出来事で、それを苦手にしてはいけない。

もっと物事を楽しんでいい。自分が楽しいならそれでいい。

明るい気持ちが、強い気持ちをもたらします。
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苦しい時間を愛される時間に変えていく、たった一つの心掛け

こんにちは。上村です。


あなたは、「走ること」が得意でしょうか?

僕は、かなり苦手です。


学生時代、体育の授業で、「15分完走」というのがありました。

「グラウンドを15分間走り続ける」というもの。


競争ではないので、気持ちは楽ですが、でも、僕は持久走が苦手。


走るのが得意な人なら、何でもない時間でしょう。
でも、僕にとっては極めて長い時間です。


いつまで経っても、終了の笛が鳴らない。


「絶対、15分過ぎているのに、それ以上走らせようとしている」

と教師の陰謀を疑いました。(笑)


まあ、これは冗談ですが、
でも時間の長さって、感じ方によってかなり違いますね。


授業の長さは同じでも、
苦手とか、よくわからない授業は、とりわけ長く感じます。


学生時代の授業といえば、こんなこともありました。


ある数学教師がいたのですが、
その教師は、数学の時間に「漢字テスト」をするのです。


本人はジョークのつもりなのでしょうが、
木枯らしのごとく「寒い雰囲気」が教室に漂ったもの。


僕は数学も漢字も苦手だったので(笑)、
この授業は極めて長く感じましたね。


まあ、その先生も、何とか笑いをとりたいと思っていたのでしょう。


しかし、教師ですから、笑いも大切ですが、
教え方を磨くべきなのは当然。


数学もそうですが、人間的な部分もそうですね。

その先生は、肝心の数学の授業が、結構いい加減だったのです。


例えば、好きな異性と、いっしょにいる時間は、極めて短く感じるものですね。

1時間など、あっという間です。


わけのわからない授業の1時間は永遠のごとく長く、
好きなことの1時間は一瞬のごとく短いのです。


職場で考えてみましょう。


ある人は、ある程度自分の裁量で仕事を進めることができます。


しかし、そうではない社員もたくさんいます。

命じられるまま、おもしろくないけどしている人もいます。


あるいは、仕事自体は好きでも、人間関係がうまくいかず、
気持ちが萎えている人もいるかもしれません。


時間は同じでも、自分からしているのと、強制されてしているのとでは、長さの感じ方が違います。


楽しい時間はすぐ過ぎますが、苦手な同僚との仕事はとても長く感じる。


なので、

「自分がこれだけできるのだから、君もできるはずだ」

というのは、おかしいのですね。


自分が長い時間仕事をしているからといって、
他人に同じことを求めるのは、違うのです。


労働時間は同じでも、心は違うからです。

人間がロボットなら別ですが、そうではありません。


それぞれ置かれた環境があり、画一的に考えることはできません。


それに長い時間会社にいるからといって、
それがイコール仕事熱心というわけでもありません。


押し付けをやめたら、物事は意外なほどうまくいくようになりますよ。


「押しが弱いから、自分は軽く見られる」

などと考えがちですが、実はそんなことはありません。


押し付けようとするから敬遠されるのです。

「思いやり」と「押し付け」は関係ありません。


押し付けをやめれば、自分の心の束縛もとれます。

心のクサリがとれて、自分の持つ可能性を広げることができます。


「現代の奴隷解放宣言」を、自分自身にしていきたいですね。

そうすれば、他人にも寛容になっていけるでしょう。


心地いい時間が早く流れるように、自分の時間も充実していくでしょう。

今よりずっと、物事がうまくいくはずです。



今回のまとめ
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押し付けをやめたら、物事は意外なほどうまくいくようになります。

「思いやり」と「押し付け」は違います。

心の束縛がとれるので、自分の可能性が広がっていくでしょう。
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「恥ずかしい」のは、自分だけではなく、他人もそうという話

こんにちは。上村です。


突然ですが、
あなたは「恥ずかしがり」な部分があるでしょうか?


きっと誰でも、そのような部分はあるかもしれません。


僕はといえば、かなりの恥ずかしがり屋。

特に若い頃はそうでした。


僕が高校の頃、「中学校時代の同窓会」があったのです。

久しぶりに、中学の友達が集まることになりました。


学校自体はそこまで好きではなかったのですが、
クラスには友達がたくさんいました。

人生で一番友達がいた時代です。(笑)


高校に入ってバラバラになったので、久しぶりに会うのは楽しみ。


しかし、待ち合わせ場所に行って、
僕はなぜか「足がすくんだ」のです。


駅の改札口での待ち合わせ。

遠くから見ると、人がたくさん集まっています。
同窓会で集まった、中学のクラスメートたちですね。


遠くからそれを眺めて、例の僕の「恥ずかしがり」がスタートしました。


僕は一人です。
到着すると、きっとみんなが注目するでしょう。


「やあ、上村やん。久しぶりやん」

みたいな。(関西です)


その注目?が「恥ずかしい」と思ったのです。


でも、それ以上に、逆のことも恐れていました。


「みんなそっけなかったらどうしよう」
みたいな。


自分のことながら、誠にややこしい性格。(笑)


しばし、遠くから眺めていました。


しかし、待ち合わせ時刻は迫る。
いつまでもそうしているわけにはいきません。


このまま帰ってしまおうかと思いました。(帰る理由がヘンですが)

しかし、相手は友達ですし、自分が何をそんなに怖がっているのか、
自分でもよくわからない。


結局、「意を決し」その輪の中に入っていきました。

みんな歓迎してくれ、
普通に楽しく会うことができました。


何も心配することはなかったのです。
まあ、当たり前ですね。


でも、どうして僕は、そこまで「恥ずかしい」と思ったのでしょうか?

その時は、自分のこの性格が嫌で、情けなく思いました。


それ以降も、恥ずかしいという気持ちが原因で、
いろいろ失敗をしたこともありました。


何とか、「恥ずかしがり屋を克服したい」と考えたのです。


年を経るごとにマシになりましたが、
根本的な部分はそんなに変わらないような気がする。


そこで、僕は考えました。


「恥ずかしがりを治そうとしているけど、
恥ずかしがりがそんなに悪いことなのか?」

と。


人に迷惑をかけているわけでもありません。

基本的には、それは「自分一人の問題」です。


いくら恥ずかしがりであっても、
どうしてもすべきことなら、必ずできるもの。

自分で情けないと思っても、
それはあくまで自分の思いだけのことです。


すると、今まで思いも寄らなかった考えが浮かんできました。


「自分も恥ずかしいけど、他人だって恥ずかしいんだ」
と。


初対面に人に会えば、
誰だってぎこちなくなるものですね。


かつての友人に久しぶりに会えば、照れくさいもの。
異性と二人きりになれば、恥ずかしいものです。

当たり前ではないでしょうか。


「自分だけが」と思いがちですが、そんなことはありません。
みんなそうです。



ところが、自分のことばかり悩んでいるので、他人のことまで考えが行かない。


もっぱら
「自分だけがこんなに恥ずかしい思いをしている」
などと考えていたのです。


もちろん、人によって感じ方の強弱はあるでしょう。


初対面の人に会っても、あまり動じない人もいます。
異性の前でも、そこまで緊張しない人もいます。


でも、それは程度の問題であって、
多かれ少なかれ、誰でも恥ずかしいという思いはあるのです。


それに、
図々しく異性を追いかけ回しているような人をみたら、
あまりいい感じはしないですよね。


恥ずかしさが「奥ゆかしさ」につながっている場合もあるし、
それだけ細やかになれるという意味でもあります。


もちろん、恥ずかしがってばかりでは何もできなくなりますが、
その思い自体は別に悪いことではないのです。



ここで大切なことを書きたいと思います。


何か必要なことをしようとしても、感情に負けてしまう場合があります。
前向きになろうとするのに、悲観的になってしまうとか。


しかし、感情は揺れ動くもの。
いちいちそれにひっかかっていてはいけない。



あやふやなものに頼るのではなく、しっかりしたものに頼ること。

あなたの視野を広げていけば、必ず「しっかりしたもの」が見えていきます。


そう。

「恥ずかしがりなどたいした問題ではない」と思った時、
視野が広がっていきました。


それこそが、「しっかりしたもの」であったのです。


「相手だって、同じ思いがあるのだ」
ということ。


そこに思いを致せば、悩みの堂々巡りから抜け出していけることでしょう。


なぜなら、自分の視野が広がり、柔軟性が増したからです。



今回のまとめ
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自分一人の都合ではなく、他人の思いに心を向ける。

すると、悩みの堂々巡りから抜け出していけるものです。

なぜなら、自分の視野が広がり、柔軟性が増したからです。
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プロフィール

上村英明

Author:上村英明
メールマガジン「1万人を虜にする魅惑のトーク術」(「まぐまぐ」より発行)の上村英明です。

「自分の気持ちが相手に伝わらず悩んでいる方」「人生の難問に行き詰っている方」「愛を実現したい方」を支える活動をさせていただいております。

メールマガジン、ブログ、ツイッター等で発信を続けながら、多くの方のご相談にも乗っています。

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