読まないと後悔する「プレミアム・メールマガジン」

最新記事

月別アーカイブ

あなたにとって最も大切なことは、うまくいかないことの中から発見するもの

こんにちは。上村です。


僕が学生時代、テレビで「学園もの」のドラマがありました。

いわゆる青春ドラマ。


主に再放送で見ていたのです。


その青春ドラマの中で、こんなシーンがありました。


生徒が、試験で「カンニング」をします。

それが発覚して、大問題に。


「厳しく対処すべき」と言う同僚教師。


その中で、主人公の教師は、こうつぶやきます。

「生徒がカンニングしたのは、教師の責任だよ」
と。


実際、そんなことが言える教師がいたら、凄いですね。

きっといい学校になるでしょう。


でも、たいていは、生徒に処分を与えて終わりかもしれない。

「停学」にしたりとか。

そこまでいかなくても、教師が厳しく叱責したり。


もちろん、よくないことをしたのですから、注意されるのは仕方がないでしょう。

でも、本当にそうでしょうか?(笑)


もちろん、カンニングは悪いことです。

叱られて当然。


しかし、叱る側だって、自分自身が学生時代、
そんなに褒められたことばかりでもなかったでしょう。


カンニングはしなくても、ウソをついた経験くらいはあるでしょう。


厳しく処罰されて、それで態度を改めるならいいのです。


でも、実際はそういうわけでもありません。


怒られるのが怖くてカンニングはやめるかもしれませんが、
何かのきっかけで、別のことで間違ったことをするかもしれない。


心から反省したわけではなく、
単に恐怖心で押さえつけられただけですから。


またどこかで反動が出る可能性があるのです。


何事も「自覚」が大切です。
それなくして表面的に対処しても、限界があります。


「怒られるのが怖いからカンニングしない」ではなくて、
「カンニングは悪いことだからしない」という意識にならないといけないのです。



もちろん、自覚を促すには、それなりの時間も労力もかかります。

だから、一時的な間に合わせで対処しようとする。


今の問題を早く解決したいので、
「臭い物にはフタ」みたいな考え方をしてしまいます。


まるで、一時間で終わるドラマのように、早急に結論を出そうとする。

でも、それではいけませんね。


青春ドラマなら、最後は「太陽に向かって走って終わり」ですが、
現実はそんな簡単に解決というわけにはいかないもの。


粘り強さが必要です。


「辛抱が大切」などと言ったら、文部科学省の回し者かと言われそうですが、
もちろん僕は文部科学省の回し者ではありません。


辛抱というと、何か息苦しいイメージを持つ人も多いと思いますが、これはプラスの意味です。


辛抱は「楽しいこと」なのです。


だって、漢字からしてそうですよね。


★「辛抱」つまり、「辛」さを「抱」える
ということ。


抱えられなくて、追われているから辛いのです。

抱えてしまえば、もうそれは辛さでも何でもない。


あなたが辛いと思っていることは、
ひょっとしたら未来から見れば「楽しいこと」かもしれません。


そんな馬鹿なと思うかもしれませんが、あなたの人生を振り返ってみてください。

「そんな馬鹿な」と思うことが、結構あったのではないでしょうか。


よくないこともあったでしょうが、
いい意味で「そんな馬鹿な」と思う出来事もあったはず。



さっきの話に戻りましょう。


「生徒のカンニングは、教師の責任」というのも、
それが起こった時はそんな風には思えないでしょう。


「悪いことをしたのが悪いに決まっているじゃないか」と思う。


しかし、もっと広い視野で眺めてみれば、
「生徒のカンニングは、教師の責任」というのは、真理をついているのです。



例えば、こんなことを言っていた人がいました。


彼は、大学で講師をしています。

授業中に、寝ている生徒がいるそう。


顔は前を向いているのですが、手で顔を隠しているらしい。
明らかに眠そうなのです。


すると、短気なその講師は、生徒のそばに駆け寄って、
「眠いなら教室から出ていけ」
と怒鳴るそうです。


僕は、この話を聞いて、妙な気がしました。


この講師は、授業中に寝るのを、「生徒が悪い」と思っています。


生徒が眠いのは、
「自分の授業がおもしろくないから」という発想にはならないのですね。


この授業が、もちろん今よりよくなることはないでしょう。


この講師は、明らかに視野が狭くなっています。


なぜ狭くなるかと言えば、その方が楽だし、自分のプライドが保てるからです。


つまらないプライドですが、もしそんなプライドを捨てていけば、
その授業はもっと生徒のためになる、
活気あふれたものになるに違いないのです。


生徒のためはもちろんのこと、その講師自身のためにもなります。


自分の「耳の痛いこと」は、
ひょっとしたら自分にとって最も大切なことかもしれません。


なぜなら、それは自分の視野を広げてくれるから。


勇気を持って新しい考え方を受け入れたら、きっと今の状況も変わっていくでしょう。



今回のまとめ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
勇気を持って新しい考え方を受け入れる。

その時、きっと環境が変わっていきます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



この度、僕は多くの方のご要望にお応えして、E-BOOK(電子書籍)を出版しました。


『自分で自分の心に「カウセリング」をして、
愛の問題を解決する「愛の弱者」だからこそできる方法』


です。


「恋愛の悩み」「人間関係の悩み」「人生の悩み」

それを自分で自分の心に「カウセリング」をすることによって解決していく、その方法を書いたものです。


あなたが、
「自分は愛の弱者だ」と思うようなことがあれば、
本書はとても有益なものになるでしょう。


今までの思い通りにならない状況が、きっと一変するはずです。

本書には、それくらいの大きな力があります。


詳細の説明は、下記に書きました。


この説明文は、メルマガとして読んでいただいても価値があると思います。

スラスラ読めると思います。


最後まで読めば、あなたの中で何かが変わっていくことでしょう。

では、さっそく読んでみてください。



この度僕は、E-BOOK(電子書籍)を出版しました

こんにちは。上村です。


この度、僕は多くの方のご要望にお応えして、E-BOOK(電子書籍)を出版しました。


『自分で自分の心に「カウセリング」をして、
愛の問題を解決する「愛の弱者」だからこそできる方法』


です。


「恋愛の悩み」「人間関係の悩み」「人生の悩み」

それを自分で自分の心に「カウセリング」をすることによって解決していく、その方法を書いたものです。


あなたが、
「自分は愛の弱者だ」と思うようなことがあれば、
本書はとても有益なものになるでしょう。


今までの思い通りにならない状況が、きっと一変するはずです。

本書には、それくらいの大きな力があります。


詳細の説明は、下記に書きました。


この説明文は、メルマガとして読んでいただいても価値があると思います。

スラスラ読めると思います。


最後まで読めば、あなたの中で何かが変わっていくことでしょう。

では、さっそく読んでみてください。



追いかけ回さなくなれば、気持ちが近くなった自信がつくもの

こんにちは。上村です。


今はどうか知りませんが、
僕の学生時代は、卒業式は決まって『仰げば尊し』を合唱していました。


「仰げば尊しわが師の恩~♪」
のあの曲。


卒業式の情感にピッタリなメロディーです。
名曲です。


ただ学生時代の僕は、ちょっと「引っかかった部分」があったのです。

出だしの『わが師の恩』の一節。


「わが師の恩はいいけど、
この詩はどういう立場で書いたのだろうか?」
と。


「生徒の立場で書いたのだろうか、それとも教師の立場か?」
と思ったのです。


生徒の立場で書いたのなら、
「先生お世話になりました」という意味ですので、もちろんいいことです。

感謝の気持ちを伝えているのですから。


でも、もし「教師の立場」で書いたのなら、ちょっと変になりますね。

だって、「わが師の恩」って、当人が言うのはおかしい。


「これだけ世話をしたのだから、恩に感じているよね?」
みたいな感じになってしまう。


あくまでそれは生徒自身が感じることで、
当然ですが、押し付けで言わせるものではありません。



例えば、こんなこともありました。


僕が小学生の時、「学校の創立記念日」がありました。

講堂に保護者や先生が集まって、式典が行われました。


在校生が、決められたセリフを言うのです。


「伝統あるわが校」
「素晴らしい場所で学ぶ僕ら」

みたいなことを、生徒一人一人に割り当てられるのです。
(セリフの内容はよく覚えていません)


僕にも割り当てられました。
(これは自分のセリフなのでよく覚えています)


僕の前の生徒が、こう言います。

「校庭のくすの木はきっと見ていただろう」


すると次に僕が言うのです。

「50年のわが校の歩みを」
と。


だから何なんだと思いますが(笑)、まあ一種の儀式なので仕方がない。


今から思えば、ばかばかしいような気がするのですね。


セリフがばかばかしいという意味ではなく、
そんな「思ってもいないこと」を言わされることがです。


自分でそう思って言うのならいいのですが、
教師が作った言葉をそのまま言っているだけなので。


式典向けのことであって、別に自分の本心でもありません。


自分で思っていることなら、きっと言葉にも心がこもるでしょう。

でも、そうではなかったのです。


だからといって、

「この学校は、校則がやたらに厳しいし、
クラス内にイジワルな子もいる」

などと言うわけにもいかない。


そんなことを言ったら、式典が台無しです。(笑)


もちろん、そんな意味ではありません。


押し付けられたことではなく、
「自分自身がいろいろ迷いながらつかんだものにこそ価値がある」
ということが言いたいのです。


素晴らしい学校だったら、多くの人が、誰に何を言われなくても、自然にそう思っているでしょう。

変なところだったら、いくら「素晴らしいと思え」と言われても、そうは思えません。



こういうのは、恋愛や人間関係にもあるでしょう。


気持ちを押し付けようとして失敗することが。


誰しも押し付けられたら嫌なものですし、
拒否したくなってしまうもの。


しかし、何とか自分の気持ちを押し付けようとする。

その結果、相手と心の距離を感じてしまうのです。


相手が心を閉ざしたと思うかもしれませんが、この場合はえてして自分の方が心を閉ざしています。


押し付けをやめたら、人間関係はグッとよくなりますよ。


簡単なことですが、
でも、心がこわばっていると、なかなかそれができないもの。


愛情はもっと自然なものですね。


もしあなたが、相手を追いかけ回さなくなれば、
不思議なことに、相手と気持ちが近くなったような気がするものです。



今まで苦労しても気持ちが伝わらなかったのが、自然に伝わることがあります。

それは、無理をやめて「自然」になったから。


追いかけ回して近くなるのではなく、素朴な支え合いの気持ちが、人を近づけます。


『愛とは相手に変わることを要求せず、 相手をありのままに受け入れることだ』

ディエゴ・ファブリという人の言葉です。


受け入れるからこそ、提供することもできます。


そんな心境になれば、自然に本当の愛情を発揮していけるでしょう。


こちらでもブログを書いています。



今回のまとめ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
愛情は自然のもの。

押し付けでなく、支え合いだから。

素朴な気持ちは、どんどん伝わっていくでしょう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


あなたが、恋愛や人間関係で「愛されない」と悩んでいるなら、たった二つの真理を知るだけで、それは解決します。

     1.追いかけるのをやめる
     2.「途方もない愛される力」を実践する

今すぐ、「真理」を知ってください。






メールマガジン(無料で購読できます)

メルマガ購読・解除
 

カテゴリ

プロフィール

上村英明

Author:上村英明
メールマガジン「1万人を虜にする魅惑のトーク術」(「まぐまぐ」より発行)の上村英明です。

「自分の気持ちが相手に伝わらず悩んでいる方」「人生の難問に行き詰っている方」「愛を実現したい方」を支える活動をさせていただいております。

メールマガジン、ブログ、ツイッター等で発信を続けながら、多くの方のご相談にも乗っています。

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク